大西洋の西部、フロリダ半島の先からバミューダ、プエルトリコを結ぶ三角形――バミューダ・トライアングル。船や飛行機が「忽然と姿を消す海域」として、SFやオカルトの定番ネタになってきました。けれど、実際のところは? 本記事では基本情報→歴史的な背景→科学的な見方→面白い豆知識の順で、誤解と事実を楽しく整理します。
1. どこにある? 何が“問題”なの?

一般に「フロリダ(マイアミ)―バミューダ島―プエルトリコ(サンフアン)」を結んだゆるく定義された海域を指します。厳密な境界は文献によってまちまちで、面積も定義次第で変わります。つまり“固定の三角形”があるわけではない点が最初のミソです。
この海域は、大西洋の要路で交通量が多く、さらにガルフストリーム(強い海流)が流れて天候変化が急。カリブ海の浅瀬やサンゴ礁も多く、昔は航海上のリスクが高かった――これが“事件の種”になってきました。米海洋大気庁(NOAA)は、ここだけ事故が多い証拠はないと明言し、環境要因(急変する天候、浅瀬、強流)を挙げています。
2. 「三角海域」神話のルーツ
- 1950年:マイアミ・ヘラルド紙の記者エドワード・V・W・ジョーンズが“消失談”を記事化。
- 1964年:作家ヴィンセント・ガディスが雑誌Argosyに「The Deadly Bermuda Triangle」を発表し、“Bermuda Triangle”という言葉を定着させました。後に書籍化され、以降の大衆書が神秘性を増幅。
- 1970年代:チャールズ・バーリッツらのベストセラーが“謎”を世界に拡散。一方で、ラリー・クーシュは原資料を精査し、誇張や事実誤認を多数指摘しています。
まとめると、メディアが作った物語が想像力を加速させ、のちに検証が追いついて修正されてきた、という流れです。
3. 代表的事件:フライト19は何が起きた?
「トライアングル最大のミステリー」と呼ばれるのが、1945年12月5日、米海軍の練習飛行フライト19(TBMアベンジャー5機)が帰還せず、救助機も墜落した一件。海軍の調査記録は訓練飛行中の迷航・燃料切れなど現実的要因を並べます(結論は時期によって表現が変わるが、超常現象は前提にない)。原本資料や海軍史料で経緯が確認できます。
ポイント:
・当日は天候悪化と位置認識の混乱が重なった可能性。
・救難機PBMの爆発・喪失も機体トラブルの記録が残る。
・「磁気が狂った」「海が見慣れない色」等の二次資料の脚色は、原資料と照合すると誇張が多い。
4. 科学で読み解く「謎」
4-1. 事故率は本当に高いの?
米沿岸警備隊(USCG)は「バミューダ・トライアングルという特異危険海域は認めていない。損失は物理的原因で説明できる」と明確に述べています。保険の世界でも、ロイズ(Lloyd’s of London)の統計でこの海域が特別に高リスクではないことが指摘されてきました。
4-2. 気象・海象:ここが厄介
- ハリケーン多発帯:大西洋の熱帯低気圧はこの海域を通るものが多く、季節(6/1–11/30)には急速発達も。昔は予報精度が低く、被害が増えやすかった。
- ガルフストリーム:表層で時速約9km(5.6mph)に達する強流。短時間で海況を一変させ、漂流・転覆・捜索難に直結します。
- 浅瀬と暗礁:カリブ海の多島海は座礁リスクが高い。昔の航法では致命的。
- ホワイト・スコール/ウォータースパウト:突発的な局地暴風や海上竜巻も報告。小型船には脅威です。
4-3. 磁気の“トリック”
「コンパスが“真北”を指す特別な場所」という話は有名ですが、地球上の“アゴニック・ライン”(磁気偏差ゼロの線)は時代で移動し、世界に複数ある現象。航法上は教科書レベルの知識で、特別な怪奇現象ではありません。
4-4. “メタン水塊”や“怪波”は?
メタンハイドレートの噴出で船が沈む説、ローグ(異常)波で大型船が折れる説などが出ますが、一般化できる決め手はないのが現状。ローグ波は世界各地で観測される自然現象で、原因の一つになり得ても「この海域だけの特殊要因」ではありません。
5. それでも「謎」が増幅する理由
- 大量の通行量×ニュース価値
航路と航空路が集中すれば、絶対件数は増えます。珍しい事例ほどニュースになりやすい“露出バイアス”の典型。NOAAも「他の広い多利用海域と比べて統計的に多い証拠はない」としています。 - 後付けの三角形
境界線が曖昧なので、起きた事故を都合よく三角形に“取り込む”ことが容易。これが神秘性を上げます。 - 物語の求心力
1960–70年代のノンフィクション風ベストセラーは、未確認の要素を“演出”しやすかった。のちの検証で実は別海域・別原因…という事例が少なくありません。
6. バミューダ周辺の自然環境:サルガッソー海の不思議
三角形の北東側には、海藻サルガッサムが漂うサルガッソー海があります。陸に囲まれない“海”として知られ、海流がつくる巨大な環流に海藻が集まり、透明度が高く風が弱い“凪の海”になることも。帆船時代は「無風に閉じ込められる」恐怖が語られ、後世の“神秘の海”イメージを支えました。
7. 面白い豆知識10選

- 正式な危険海域ではない
米沿岸警備隊は“特別な危険海域”認定をしておらず、物理的原因で説明可能と明言。 - 名前の名付け親
“Bermuda Triangle”の呼称を広めたのはヴィンセント・ガディス(1964)。以後、バーリッツらがブームを作りました。 - フライト19の真相は“超常”ではない
海軍資料は訓練・航法の混乱と燃料事情を中心に記述。 - “保険屋の目”はシビア
ロイズ・オブ・ロンドンの事故率は周辺海域と大差なしとの指摘。センセーショナルな“保険料割増”は都市伝説寄り。 - ガルフストリームは“動く歩道”
表層で最大毎時約9km。漂流や捜索の難しさを劇的に増幅します。 - 磁石が“真北”を指すことがあるのは事実
ただし世界に複数あるアゴニック・ラインの通過現象で、珍現象ではありません。 - ハリケーン街道
大西洋のハリケーンシーズン(6/1–11/30)に直撃・通過が多いのは地理的必然。昔ほど予報がなかった時代は格段に危険でした。 - “無風の海”サルガッソーの伝説
海藻に“絡まって動けない”という言い伝えは誇張だが、風弱の滞留域で帆船が苦しんだのは史実。 - “三角”は伸び縮みする
文献ごとに頂点も面積も違い、「都合のよい事例だけ拾える」構造が神秘を増幅。 - 最新の“謎解き”も結局は自然
最近の解説でも、ガルフストリーム・天候急変・人為的ミスが主因という立場が主流です。
8. 旅行者・航海者のための現実的ポイント
- 天気と海流のチェックが最優先:現代は衛星・レーダーで予報精度が高い。ハリケーン期の動向はNOAA/NHCのアラートを参照。
- 浅瀬・リーフの回避:最新の電子海図+ローカルの告示(Notice to Mariners)で古い紙図だけに頼らない。浅瀬は今も“現場の罠”。
- 通信・救命の冗長化:EPIRB、AIS、PLBなど捜索時の発見性を上げる装備が生死を分ける(これはどの海でも同じですが)。
9. それでも“物語”が必要なら

バミューダ・トライアングルは、科学で説明できる現実(気象・海流・人為)と、人が語りたくなる物語が重なって生まれた“現代民俗学”の好例です。
- 科学の視点:データで事故率を比較する、原資料(事故報告や気象記録)を読む。
- 物語の視点:航海者が感じた恐怖の情景(急変する空、怒涛の流れ、方位の混乱)を想像する。
この二つを行き来すると、「謎」はより立体的な“海のリアリティ”に変わります。
10. まとめ
- バミューダ・トライアングルは“固定の三角形”ではない。
- 統計的に特別危険という根拠はなく、事故は気象・海流・地形・人的要因で説明できる――これが公的機関(NOAA/USCG)の立場。
- 神秘化はメディア史の産物で、フライト19をはじめ実例は現実的要因で理解できる部分が大きい。
- それでも、この海域にはサルガッソー海やガルフストリームなど、物語を誘う“個性”が満載。
最後に。最新の研究や再検証で、個々の事件の解釈は今後も更新されます。ロマンは楽しみつつ、一次資料へのリスペクトを忘れないこと――それが“謎の海”との上手な付き合い方です。
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